2013年10月 のアーカイブ

回想3 (ゼンのつぶやき)

2013年10月27日 日曜日

祖父の奥さんはハナさんと云ったそうだが、死別後にワサさんが後妻となった。ハナさんは穏やかで優しかったと近所の人の話から伝わってくる。

それに比べ、後妻に入ったワサさんの噂はあまりいい話はない。お爺さんと離れに住み、亡くなってからも意思の強い人で一人離れに住み続けた。

ゴーイングマイウェイの人で好きなものを好きなだけ食べ、我家の食卓についたことはないし、耳は遠くTVの音は一日中ガンガン鳴り響いていた。

熊本の大洋デパートが火災で無くなる迄は、デパートに通う事が日課で、何か買って来るでもなく、地下食品売り場等で時間をつぶしていた様だ。

家庭の味を知らない人だった為、親と子と云う関係に照れ臭かったのだろう。TVの美空ひばりの歌に感動したときは涙し母の元に来て話し込んだ。

自己主張があり容易に人に合わせる事は嫌い頭は良く、前日何か利用出来る物が捨てていたと知るや次の朝にそこへ行き拾って持ち帰っていた。

離れが塵屋敷にならなくてよかったのだが、元気の良いばーちゃんが寝込むようになってからは、母が一人で庇い婆ちゃんの面倒を見ていた様だ。

私に心配を掛け無い様、葬儀の後祖母が亡くなったとロンドンに便りが届いた。今でも祖母としてクールでマイペースな強いワサさんしか知らない。

Zen

( 杵築市観月祭の案内チラシ  写真1)

( 杵築市観月祭地元の新聞に出る  写真2)

( 夜の運転は苦手で明るいうちに行く  写真3)

( 観月祭 やっとロウソクに灯がともる  写真4)

( 観月祭 幼稚園児の作品 写真5)

( 観月祭 ローソクに点火だけでも大変  写真6)

( 杵築市観月祭のクライマックス 写真7)

( 観月祭の酢やの坂の景観が最高  写真8)

( 観月祭の和服姿がよく似合う  写真9)

( 観月祭 庭先の模様  写真10)

( 観月祭 琴の演奏前の音合わせ  写真11)

( 観月祭 ここのお屋敷はオカリナ演奏  写真12)

( 杵築市観月祭の出展模様  写真13)

( 杵築市観月祭の出展模様  写真14)

 

回想2 (ゼンのつぶやき)

2013年10月20日 日曜日

間口の通りに面した椅子で夕涼みをすることが日課で、道行く人は思い思いに挨拶に声をかけた。近所の間ではハイカラなお爺さんと云われてた。

話によれば、家族公認で遊びと云えば芸者を揚げ、熊本でも指で数えるぐらいの人しか乗ってなかった時代にバイクを乗り廻していたそうだ。

戦後激動の時代に骨董品を買いあさり、幼少の頃には鎧人形、七福神、掛け軸など部屋に飾られてた品々も、物心つく年には何故か消えていた。

軍隊上がりの人の良い父には、商売には向いていなかった。休日もなく一生懸命働いていたのに、返済の方に品々は持ち出されていったのだろう。

おしゃれな帽子とステッキとバックを持ち、毎日銀行に通うことが父の仕事への支援と協力でもあった。庭に苔が要るとお城の裏山に一緒に行った。

口数は少なく玄関口の靴やサンダルが散らばってると、それらを蹴飛ばす事で靴は揃えて脱げと教えていた。幼い頃街の映画館に一緒に行った。

そんな祖父だが自分より先の父の死は、相当に応えたのだろう翌年病で亡くなる。

Zen

( 近くの海10月13日 午前6時17分  写真1)

( 近くの海 朝早く海に向かって出ていく人  写真2)

( 厳かに 伊勢神宮 遷宮 TVより 写真3)

( 野球界の歴史を作った人の引退 TVより 写真4)

( 今季セリーグプロ野球のタイトル記録 TVより 写真5)

( 監督が代わり中日は変わるか TVより 写真6)

( 確実に体操界の歴史を作る人 TVより 写真7)

( 宮里美香日本女子オープン2度目の優勝 TVより 写真8)

( 郵便局の片隅の小部屋で知人の絵画展観てきました 写真9)

( 縄文時代の人骨 祖父、父ではありません 写真10)

( 別の角度から見た信長像でした 写真11)

( 姜 尚中カンサンジュンさん 1950年生 熊本出身 写真12)

( 飯島勲 小泉時代の存在感は今はない 写真13)

 

回想1 (ゼンのつぶやき)

2013年10月13日 日曜日

私の高校入試合格発表当日に働き者の父は、前日少し体に違和感があった為病院へ行き診察、本人はその場でガンと宣告を受けて戻ってきた。

ガン宣告を受け相当の動揺があったのだろうが、それでも私の合格を手放しで喜んでくれた。それから何日か後に生きる私の世界が一遍した。

「父が居ない」この世の終わりと思う錯覚が生じたし、入学式は亡き父の代わりに母が出席し担任の先生によろしくお願いしますと頼んでいた。

貴重な軍隊時の半長靴が泥棒にあった時も従業員や女中さんを疑う事なく、愚痴一つ言わない父の姿が凛々しい馬上の将校軍服写真と重なる。

毎年元旦は、親戚一同が年始の挨拶に来た。加藤清正ゆかりのボシタ祭りでは、酒を飲ませ柄杓で叩く暴れ馬の手綱を操っていた事もあった。

戦場ラバウルで部下の兵隊さんが花や種を採取し作成した立派な観察資料を、母は父に代わり大学に寄付したが、その価値の有無は解らない。

知人の議員の選挙応援カーの檀上に乗り応援演説をしたこともあったらしいが、寡黙で控えめの性格だがそれでいて人望の厚かった父を偲ぶ。

Zen

( 水墨画教室で行ったバス小旅行 写真1)

( 水墨画教室お年寄り9人組 写真2)

( 途中の風景、有名な青の洞門前です 写真3)

( 耶馬トピア 蕎麦通がおいしいと絶賛 写真4)

( あれー木に登った人、人形かかしでした。 写真5)

( 郷土展示館にも案山子人形が居ました。 写真6)

( バス小旅行  猿飛(おうけつぐん)と読みます。 写真7)

( 橋の上から見た景観です。 写真8)

( この迫力を画けたらいいのですが? 写真9)

( 思い思いにゆっくり歩きました。 写真10)

( 絶景ではありましたが、スケッチにも至りません。 写真11)

( スケッチして水墨画が画けたらいいなと思いました。 写真12)

( 山々の景観 のんびりした楽しい一日でした。 写真13)

( バス小旅行、天気良し仲良しメンバーです。 写真14)

おとなの世界 (ゼンのつぶやき)

2013年10月6日 日曜日

日常話題に事欠く田舎暮らしをしているため、1週間ごとに押し寄せてくるブログの締め切り日。ズーズーしくもまた旅の思い出にさせてください。

話題がなくしゃかり気になって過去の事を思い出そうとしているのですが、当時の日記、書き物はすべて失くしてしまったようなのです。

鮮烈で興奮した日々の思い出は薄れ消え去ろうとしている。青年は荒野を目指し、その荒野色恋事は全く無く、ひたすら前に突き進む青年でした。

ナホトカ航路、ハバロスク、イルクーツク列車の旅、ホテル到着後バイカル湖バスツアー出発前に、たまたまロビーで女性に話しかけられる。

日本ではシベリアの旅の前にロシア語の学校に通ったし、片言の会話が出来る事がうれしく試したくて、ツアー戻りの時間に再会を約束した。

予定より遅れたバスの中で、ロシア語の会話をする為にロシア女性が待っていると説明するも気持ちは焦り、10分程遅れてロビーに駆けこんだ。

その時その女性は別の男性と話をしていた。後で解った事だが社会主義国のロシアでもその当時は外貨獲得でロビーに立つ娼婦が居たそうだ。

大人の世界、ミニバス一行の周りの人はどう思っただろうか。青年は荒野を目指していたのに、列車の仲間たちは覚めた目で見ていたのだろうか。

旅の体験すべてに、ハラショー、スパシーバ

Zen

(  近所にて 2013年9月26日 6時11分   写真1)

(  近所にて 2013年9月29日 6時27分   写真2)

(  近所にて 2013年9月30日 5時58分   写真3)

( 血管年齢を知りたくて地域セミナーに参加 写真4)

( 血管年齢は年相応、欠陥年齢は判らず 写真5)

( 世界に誇れる日本の技術を見ようと集まる人達。 TVより 写真6)

( イプシロン 森田泰弘氏の挑戦は成功した。 TVより 写真7)

( またも不甲斐無い結果の稀勢の里 TVより 写真8)

( 27回目の優勝の堂々たる白鵬 TVより 写真9)

( 痛々しく目をはらした優勝の白鵬 TVより 写真10)

( またしても優勝は白鵬となった。 TVより 写真11)

( 安倍首相 8%消費税実施を発表 TVより 写真12)

( 日本体操の 内村航平 世界大会4連覇 TVより 写真13)

( 日本体操世界でワンツーフニッシュ TVより 写真14)

( ほとんど使う事のなかった辞書と教材 写真15)