2012年4月 のアーカイブ

写心 その24 (ゼンのつぶやき)

2012年4月30日 月曜日

さくら ぜんぜん

桜前線は東北地方を通り過ぎたというのに、我が家の桜は全然咲く気配がない。そこでここ杵築に越してきてから観た桜をご紹介することにします。

Zen

( 町へ行く道のしだれ桜 去年撮影 写真1)

( お城入口病院前の桜 去年撮影  写真2)

( 杵築城内の桜 去年撮影  写真3)

( 城内での花見 生徒と皿回し芸  写真4)

( 豊後大野  写真5)

( 豊後大野  写真6)

( 豊後大野  写真7)

( 豊後大野 道の駅きよかわ 写真8)

( 豊後大野 原尻の滝 写真9)

( 豊後大野 山小屋風茶屋 写真10)

( 豊後大野 チューリップフェスタ 写真11)

( 1輪だけ咲いた我が家の桜 写真12)

去りゆくもの (ゼンのつぶやき)

2012年4月29日 日曜日

東北への鈍行夜行列車の旅、新聞紙を敷いて床に寝転んだものだ。押込み屋がいてぎゅうぎゅうに押し込められたラッシュ時の通勤電車、銀座を見なきゃ眠れないといった青春もあった。そんな華やかでエキサイティング時間は今はない。

努力・根性と体にムチ打ち、母校愛、郷土愛、愛社精神など、いつの間にかすり減らし失ってしまった。年金受給をベースにした生活設計に入ったし、穴を掘り木を移し替えただけで太腿の張りを感じ、気が弱ってきたと云っても雨が降れば木は大きくなる。

明日天気になーれと蹴り上げた下駄の緒は、表か裏か。遠足前日窓辺に下げた テルテル坊主今はない。見事なまでも時間単位で週間の天気を言い当てる時代になった。

便利な時代で、球場がドームになり雨で試合中止は無くなったが、さりとて楽しみに待った試合が雨で中止と発表される迄の緊張感やその時の悔しさは無くなってしまった。

雪景色、冬の寒さは今はもうない。ゴロ寝、TVミカンと共にお世話になったホットカーペットや電気炬燵は仕舞った。いろいろな思いが駆け抜けていった年月、誰かが言った、過去を振り返るのではなく 「今日という日が一番若いのだから」

Zen

( この春、家族にかわいそうにバッサリやられました。  写真1)

( 昨年の在りし日の姿です。 写真2)

( この春、白露錦もこんなに切られてしまいました。 写真3)

 

( その続きがあります。今ではここまで切られました。写真4)

( この春、こんな風に切ってしまいました。 写真5)

( 少し前の在りし日の姿です。 写真6)

( この春、こんな風に切られてしまいました。 写真7)

( この春、こんな風に切られてしまいました。 写真8)

( この春、近くの神社の桜が咲き去りゆきました。 写真9)

( この春、近くの広場の桜が咲き散りゆきました。 写真10)

( 同じ時期の我が家の桜は、一つの花のみが咲きました。 写真11)

( 生き延びたメダカ約50匹、去りゆくメダカは多数。 写真12)

 

( 長靴見栄えは良いのですが、底に穴が開きサヨナラします。 写真13)

 

豊後大野 (ゼンのつぶやき)

2012年4月22日 日曜日

『おおいた遺産』とは?  ウィキペディアで調べると、大分合同新聞社の主催により、創刊120周年を記念して認定された未来に残したい大分県の景観、祭、建築などが、2007年、2008年、2009年に各40件ずつの合計120件が認定されている。

2010年4月からは、大分県ウオーキング協会と大分合同新聞の主催で、約5年をかけて120のおおいた遺産をめぐる「おおいた遺産ウォーキング」が始められている。

今回豊後大野ウォーキング、現地集合のため友人にお願いして車に便乗、水とおおたいさんを持って参加。5・10・20Kmコースがあり私は迷いなく10Kmに申し込む。

たかが10Kmでへばる訳にはいかず何とか完歩。素晴らしい桜景観に魅了され、このまま帰るのは惜しい、近く開催中のチューリップフェスタ、原尻の滝に立寄る事にした。

道の駅きよかわの昼食で1時間以上待たされた不快感も、つり橋から東洋のナイアガラともいわれる原尻の滝を見て気分は爽快、風車小屋でぜんざいを食べて満足。

健康のためのウオーキングと移住先大分県を知ることができ、車の運転に自信がつけば一石三鳥、映画やパチンコなどの都会生活に勝る癒しの時間を過ごす事ができる。

Zen

( ウオーキング大会 受付風景  写真1)

( ウオーキング大会 隊列を作り歩きます  写真2)

( ウオーキング大会 山々の風景  写真3)

( ウオーキング大会 桜の川沿いの風景  写真4)

( ウオーキング大会 山と桜の風景  写真5)

( ウオーキング大会 山の中に立つ内山観音  写真6)

( 道の駅 きよかわ  写真7)

( チューリップ フェスタ風景  写真8)

( 原尻の滝そばの 山小屋  写真9)

( このつり橋から見る 原尻の滝  写真10)

( 東洋のナイヤガラの滝  写真11)

( 東洋のナイヤガラ 原尻の滝   写真12)

( 風車小屋のお茶屋でたべたぜんざい  写真13)

 

お百度参り (ゼンのつぶやき)

2012年4月15日 日曜日

2010年10月に太極拳をはじめてから、雨の日と夏冬の休みを除き毎週2回練習に参加、この4月に県支部総会・研修会が湯布院町で開催され参加、私にとっては偶然にも太極拳100回目にあたる。

100回もやっていて、全体の流れすら覚えていない。健康のためと練習に参加しているが、物覚えの悪さに自分ながらあきれる。それを笑う人も馬鹿にする人もいない。

タイ滞在中ゴルフ985ラウンドプレーしていて、自分の打ったボールが跳ね返えり眼鏡のレンズを割ったことはあっても、腰の激痛はなかった。ところが、杵築ではたった8回目のゴルフで腰激痛発生、週4回のリハビリ通いそれでもシビレはとれません。

車購入後2年が経過し走行メーターは未だ4200キロです。実は新車でありながらエンジンがかからないトラブル発生、制御基板を交換しそれ迄の走行6700キロの表示消失。家族は事故を心配し「用心してスピードは控えめに」と出かける度に唱えます。

心配ならお百度参りの気持ちで私の帰りを待ち焦がれるその時間、部屋の中を裸足で行き来して願掛けしてると思いきや、ピンポン押してもチエーンロックで出てこない。

再度のピンポーンで玄関扉は開けるが、その姿きっと歯出しで昼寝していたのだろう。

Zen

( 太極拳研修会開催の由布市と湯布院町 漢字が違います。 写真1)

( 太極拳研修会場近くの商店街です。 写真2)

( 湯布院 この建物2階が太極拳研修会場です。 写真3)

( 楊名時太極拳 大分県支部の旗です。 写真4)

( まずは大分県支部太極拳総会です。  写真5)

( 湯布院建物内での太極拳研修会です。 写真6)

( 太極拳研修会場が狭いため2班に分かれての演技です。 写真7)

( 太極拳研修会 場所を塚原高原に移動しました。 写真8)

( 太極拳研修会 場所の塚原高原から見る山々 写真9)

( 太極拳研修会 塚原高原での演技練習です。 写真10)

 

( 太極拳研修で通り過ぎた飛騨合掌造りのお食事処 写真11)

 

 

 

ゼンは急げ (ゼンのつぶやき)

2012年4月8日 日曜日

腹の中では、55歳ごろにリタイヤし、その退職金で2人のんびり世界一周の船旅に出たいと思っていた。しかしいざ退職となると、もう少し仕事をしたいとの未練が残った。

新婚時代に英国ロンドンで暮らし、熟年ではタイ国で運転手やメイドさんを持ちゴルフ三昧の充実した日々を過ごし、16年間の海外生活を含む職業人を終える頃に、世界旅行を断念しても、何か起業をしたいと腹の虫が動き出した。

退職前に何とか家族の承諾を取り付け、都内の起業家集団を育てる学校に通い始める。飲み屋で熱く語り合った起業家仲間達と共に過ごした日々は短くも情熱にあふれていた。形ばかりの卒業式と証書を手に銀座や日本橋の貸オフィス探しを開始した。

株式会社の創業ともなると、事務所、電話ファックス、社印、登記、定款、約款、ホームページ制作、会計ソフト、会計事務所など目まぐるしく時間は過ぎ資金も羽をつけて出ていく。通信事業者の届出を済ませ電話急げと国際電話サービスの営業を開始した。

日本橋の事務所から大分県創業施設のアイプラザに移り、その後は平家の落ち武者ではないが国道から遠く離れた海に近い山の中へ移る。現政党への不満や原発、消費税増税など国民の目は確かだ。それ故にわが事業は低迷と収束を早めた。

「それ以上注ぎ込むのは止めて」と家族の強い意見に対し、年老いての飯の種を枯らしてはならないと、事業終息を決意する。庭仕事が忙しすぎてビジネスに手が回らなかったのではない、そんな訳で一番安心したのは家族ではなく本人ではないだろうか。

Zen

( 起業をめざした仲間と過ごした教室 写真1)

( 起業をめざした仲間と過ごした個人机ブース 写真2)

( 起業をめざした仲間と終えた事業発表会記念撮影 写真3)

( 起業をめざした仲間との卒業記念撮影 写真4)

( 起業をめざした仲間と行った卒業の日の花見 写真5)

( 起業後初めて持った日本橋の貸オフィス 写真6)

( 起業後初めて持った貸オフィスの貸しスペース 写真7)

( 大分での起業をめざしプレゼンテーションした大分県庁舎 写真8)

( IT起業入居資格審査後のアイプラザビルの外観 写真9)

( 県IT創業施設 アイプラザの玄関口 写真10)

( 一人籠り働いた窓のない快適オフィス空間 写真11)

 

あんぽん (ゼンのつぶやき)

2012年4月1日 日曜日

 

旧姓安本正義、ボンタンアメでもなくアンポンタンでもなくアンポンそれは安本につけられたあだ名から来ている。佐賀県鳥栖の朝鮮部落で生まれ育った孫正義、球団フォークスや新エネルギー政策など新たな事に挑戦、日本の発展に期待される人物です。

他方ささやかながら田舎暮らしに挑戦中のゼンのつぶやきの職業経歴に触れてみる。

通信技術者、システムエンジニアとして楽しい仕事をさせてもらった。石橋を叩いても渡らない慎重な会社だけに革新的な進歩・発展もなかったが、自分にとって良い時代に会社生活を送れた事に感謝したい。事業実績は残さなかったが公休は沢山残した。

恵比寿の通信事業のベンチャー会社に出向したこともある。そこでは経験も実績も年齢も全く手加減のない厳しいワンマンベンチャー集団であった。若者と一緒に大声を張り上げた挨拶など、身も心も凍りつき生きた心地がしなかった瞬間もあった。

NTT、KDDに挑む新進気鋭の通信会社、新川ビルで20名弱のチームをまとめる立場になった為連日連夜の会議は終電時間が過ぎても一向に終わらず錦糸町までタクシーで行き総武線最終電車に飛び乗ることが日常化、企業戦死になる事も覚悟した。

退職金をもらい社会の束縛、緊張から解放され、ほんの少し挑んだ起業。その後たどり着いた海も山もある田舎暮らし、フニャフニャ人生、最後に笑うのは誰か?

Zen

( 著者:佐野眞一 「孫正義伝  あんぽん」 写真1)

( 孫なこんな 汐留オフィスで働いたこともあります。 写真2)

 

( 文化祭 知人の作品 俳句です 写真3)

( 文化祭 知人の作品 俳句です 写真4)

( 文化祭 知人の作品 竹工芸です 写真5)

( 文化祭 知人の作品 竹工芸です 写真6)

( 文化祭 知人の作品 竹工芸です 写真7)

( 文化祭 知人の作品 瓢箪です 写真8)

( 文化祭 知人の作品 絵画です 写真9)

( 文化祭 知人の作品 粘土工芸です 写真10)

( 文化祭 知人の作品 粘土工芸です 写真11)