2010年12月 のアーカイブ

ゆっくり年・くるう年 (ゼンのつぶやき)

2010年12月26日 日曜日

大晦日は、紅白歌合戦、年越蕎麦そしてNHKのゆく年くる年が定番になっている。本年は移住/田舎暮らしの初年度であリ、どのような日程になるか予想つかない。元旦の御来光は近くの海岸で迎えたいし2日3日箱根マラソン観戦もはずせない。

去りゆく年、事故で2ヶ月間の入院生活があった事でとてもゆっくりした年になった。リハビリの為に毎朝海岸の散歩を開始した。少し砂浜を走る事も取り入れた、砂浜と打ち寄せる波がしら、海は気が遠くなるほど同じ動作を繰り返しているし、刻々と変化する日の出の様子、偉大なる自然環境が我が家の生活に変化と彩りを添る。

移住後に迎える初めての新年、腹をくくった年というか、くるった年になるのだろう。なんとなく頼りない指導者、厳しい局面の経済予想がいい方向にくるうことを願う。海のひとり散歩は続けるが、荒波に対抗するために距離と時間を延ばそうと思う。

思えば、タイ駐在時代には多くの方と楽しい時を過ごした。身に余る喜びがあった。日本に帰って環境変化が大きかった為か、親しくしていた方で健康を損ねる方が多いのだ。残念なことだが現実として起こった事である。 もう時間は元に戻らないし、これから1日1日健康に注意してゆっくりのんびりと好きな事をして暮らして欲しい。

Zen

( 玄関前の門松は、気持ちだけ 写真1 )

( 玄関前の鏡餅は、気もちだけ 写真2 )

( 新しい年の御来光はこんなもんかな  写真3 )

( 御来光 拝む私はこんなもん  写真4 )

( 御来光 拝む家族はこんなもん  写真5 )

近所のメリークリスマス (ゼンのつぶやき)

2010年12月25日 土曜日

田舎暮らしをしている人をみていて、良くあげるものに、かき揚げに天婦羅、畑仕事での鍬、収穫した農作物、隣近所の評判、祭日の国旗、時期外れの鯉のぼり、手、クリスマスツリー等など、我家には関係ないが、あげるための品々はたくさんある。

そうだ忘れてはいけない、私には人前に立った時にアガルという事があったのだ。私の歌は度外れの音痴、カラオケ店など行った事は無い。健康や長生きの秘訣は歌を歌うことと言うのだが、確かに近所のカラオケ好きの人々は元気で明るい。

都会の忙しい人たちは、何とか時間をやりクリして年末の行事日程をスマス事で、やりクリスマス。田舎暮らしの人には、雪は無く山間の静けさと打ち寄せる波の音、こんな環境の中でジングルベルはどのようにこだまするのだろうか?クリスマスイブ はたしてトナカイに乗ったサンタクロースを待つ人が、この地には居るのでしょうか?

最近、アラカン夫婦は、ディズニーシーに行ってきました。よくそんな金があったな!そんな声が聞こえてきます。シー大きい声では言えませんが、実は商工会くじ引き抽選に当たったのです。まさか特賞の商品(ディズニーランド2泊3日の旅)でした。

初めは、今更、東京へ行くのも億劫だなと思い辞退する事も考えましたが、行動しなければ何も生まれ無いしネタも出てこない。ネタのためにも行こう!ネタ見話よ!

戦場のメリークリスマスならぬ近所のメリークリスマスでした。 皆さん、ハッピークリスマス ゆっくりでいいです。どうか思い出にのこる楽しい時間をお過ごしください!

Zen

( 少し遠い近所の家 車から見たクリスマスツリー 写真1 )

( 近い近所の家のクリスマスツリー 写真2 )

( 近所の事務所前のクリスマスツリー 写真3 )

( シンガポールのクリスマス風景  写真4 )

( ロンドン郊外のクリスマス時期の風景  写真5 )

( バンコクでのクリスマスのナイトアップA  写真6 )

( バンコクでのクリスマスのナイトアップB  写真7 )

( バンコクでのクリスマスのナイトアップC  写真8 )

( 我が家のクリスマスツリー  写真9  )

( 舞浜ホテルのクリスマスツリー  写真10  )

( 当たりました。公正なる抽選です。ねたみはなしよ!  写真11  )

写心 その6 (ゼンのつぶやき)

2010年12月23日 木曜日

 

今回の海外は、タイ国アユタヤです。私は1990年には8回180日間出張し、1991年5月10日に着任、2002年4月24日に帰国しました。12年間以上をタイ国にて暮らしましたが、出張当時に見た、はみ出した多くの人が屋根の上に乗って走るアユタヤーバンコク間の列車は異様であり驚きでした。

当時アユタヤ工業団地までの道が砂埃のあぜ道の時代に、アユタヤ県知事が将来は片道4車線以上の道幅にすると両側の道幅広く取って電柱を立ててくれた事を思い出しながら、現在の見事なハイウエイが出来上がるまでになっており、その発展ぶりにこれまた驚きです。

地元の人にとっては、ゆっくりと落ち着いた田舎で暮らしていた時代から、多くの外国人訪問者が急激に増え便利になる事で、日増しに素朴な自然が壊され都会化されていく事を喜んでいるのか判りませんが、整備されナイトクルージングが出来るまでになった、その思い出多きタイ国のアユタヤの写真をご紹介いたします。

Zen

( なつかしき町 アユタヤ寺院  写真1 )

( なつかしき町 アユタヤ寺院  写真2 )

( なつかしき町 アユタヤ寺院  写真3 )

( なつかしき町 アユタヤ寺院側の屋台  写真4 )

( なつかしき町 アユタヤ涅槃像  写真5 )

( なつかしき町 アユタヤ寺院  写真6 )

( なつかしき町 アユタヤ日本人村側の 舟  写真7 )

( なつかしき町 アユタヤ果物屋さん  写真8 )

( なつかしき町アユタヤのナイトアップA   写真9  )

( なつかしき町アユタヤのナイトアップB   写真10  )

ジャズ 更新 (ゼンのつぶやき)

2010年12月19日 日曜日

免許更新が終えた。これで5年間は、我が家のアシも特別な事が生じ無ければ何とか安泰だ。コウシンと聞くとブラスバンドの行進か聖者の行進だろう。当然コッチモ  ルイ・アームストロングのトランペット演奏ではなく、日ごろ音楽には全く関心のない私に対して、食事をしながらピアノのジャズ演奏を聴きに行こうということになった。

田舎暮らしの私にも、誘われればそれくらいの背伸びは出来る。途中居眠りをしないかと家族は心配だろう。スペイン旅行オプショナルツアーで、何せ本場フラメンコの最高の盛り上がりのさなか、舞台下のテ-ブルでコックリコックリしていて、日本人としての品格を汚した実績があることと、日ごろゴロゴロしている習慣からです。

ディナーといえどもお酒は飲めずウーロン茶飲みの私が、この夜の運転手として適任者ではあるのですが、免許更新をしたと言っても走った距離はやっと3800Km、夜間走行はほとんどなく山道を走るには不安は大きい。田舎暮らしは人を頼る事、これも重要。無理を言って友人のご家族の方に送り迎えをたのむ事になりました。

取り越し苦労だった大神ファームです。この日は最低でも50人分の売上収入はあった様ですが収益が出たか我知らぬところです。尚本日ブログタイトルにジャズと書いておきながら、「音楽的な内容が全く無いよ」 と怒らないでください。アラカンであり且つダジャレ・カンジャ(還暦者)に免じてお許しを !

坂本龍一ピアノソロ 「戦場のメリークリスマス」 をチヨコキムラ氏演奏 良かった。

Zen

( ジャズ会場になった昼の大神ファーム内レストラン  写真1 )

( ジャズ会場になった夜の大神ファーム内レストラン  写真2 )

( ジャズ会場になった夜の大神ファーム内レストラン 玄関  写真3 )

( ジャズ会場になった夜の大神ファーム内レストラン 玄関UP  写真4 )

( レストランと隣接する売店  写真5 )

( レストランと隣接する 上から見た売店  写真6 )

( ジャズ会場になった大神ファーム内レストラン 上からテーブル  写真7 )

( ジャズ会場になった大神ファーム内レストラン  写真8 )

おどし おどしよ! (ゼンのつぶやき)

2010年12月18日 土曜日

「ゆっくり食べなさい。食べるときは30回以上噛んで」 と言われ続けて30年以上、勿論早食いになった理由はある。一度なってしまうと麻薬みたいなもので止めようにも止められない、かっぱえび戦みたいなもので、肥満・糖尿病を心配しての発言とは判っていて、毎食時言われても噛めない、注意はトータル30000回以上にもなる。

都会に住む時は稼ぎ主であり、熊本出身の亭主関白気取りで、それなりの権限もあったと思い込んでいた。「俺は台所には入らないんだ」(冷蔵庫に飲み物を取りに行くときは別)と決めていた。自慢ではないが、ご飯の炊き方も包丁の使い方も知らない。アルコールは弱く晩酌もしない為に食事時間は短い、5分間程で直に終る。

大きい声で必ずご馳走様は言う。「折角時間かけて作っているのに味わって食べてない」と風向きが変わってくる体。仕事を終えたら、男の料理学校にでも行こう、たまには交代で料理でも教わりながら作ろうと思ってはいた。ところが気持ちと現実は、空回りしている。田舎暮らしが始まり、生活環境が都会ではなくなった体老化?

運転手は私1人の為食糧の買い出しは必ず同伴で行く。その他に忙しいわけではないが、毎日ゴロゴロしている事の方が多い。最近、時々だがやっと皿洗いの手伝いを始めた。 身近な方でガンで亡くなったとか、病気にまつわる話が多い。「私が病気になったらどうするの? 」 これは、私には相当の脅し文句だ。おーどーしよう。

Zen

(    暖かい時期のクローバー 種を蒔く  写真1 9月28日撮影 )

(    暖かい時期のクローバー 芽を出す  写真2 9月30日撮影 )

(   暖かい時期のクローバー 現在の姿  写真3 12月6日撮影 )

(    寒い時期のクローバー 種を蒔く  写真4 11月12日撮影 )

(    寒い時期のクローバー 芽を出す  写真5 11月19日撮影 )

(    寒い時期のクローバー 現在の姿  写真6 12月6日撮影 )

(    クローバなしの  苦労無し玉葱100本植付  写真7 11月3日撮影 )

(    クローバなしの  苦労無し玉葱100本の現在  写真8 11月23日撮影 )

寝んかい ! (ゼンのつぶやき)

2010年12月12日 日曜日

日の出時間が変わり、家族のラジオ体操も6時半から7時に変わり、私も出発を30分間遅らせた為に出会う人々も変った。10月中旬から始めた私は、リハビリの為にただひたすら歩いているが、他の皆さんは犬の散歩で、1匹の人も3匹の人も居る。

散歩は3歩ではなく25分間3000歩か30分間3500歩、潮の干満の差で、歩ける道幅が大きく変わる。決して私の動きが緩慢なわけではありません。寒くても毎日海岸を散歩することで、自分に渇を入れ波にすくわれて流されないようにしている。

一方、生活はと言えば年末商戦に向けて猫の手も借りたい程頑張っている量販店も在る中、私の生活は渇は入らず一方的に流されている。今日は何をして過ごそうかと考える事が仕事、やっと届いた電気炬燵の中でゴロゴロする生活が加速する。

昔なら、くたくたになりながらも、仕事の合間をみて年賀状を書いたものだが、くったくったはミカンだけ、年賀状作成のための時間はたっぷりある。2011年年賀状は、散歩の時に撮った海岸の写真を使用する事に、私の一存、独断と偏見で決定した。

世間では何かと口実を作っての忘年会は多い。暇だからは間違いでは無いが、飲むことで楽しい会話をしたいという事だろう。私は、ビールをカップ数センチ飲めば直に酔っぱらう。懸命に慣れない話に加わるか、じっと眠気をこらえるか、楽しい時間ではあるが、「早帰って、ボー寝んかい!」と言われないようにしなくてはいけない。

Zen

( 年賀状候補 A  写真1 )

( 年賀状候補 B  写真2 )

( 年賀状候補 C  写真3 )

( 年賀状候補 D  写真4 )

( 年賀状候補 E  写真5 )

( 年賀状候補 F  写真6 )

寝た?と寿司ネタ (ゼンのつぶやき)

2010年12月11日 土曜日

何百万人ものブログ人がいて、パソコンを前に頑張っておられる姿が目に浮かぶ、その中には、丁寧に一日も欠かさず書き続けておられる方の努力に、頭が下がる。たかだか週2回程度でアタフタしている私の手抜き文とは比べ物にならない。

寝室では生存を確認する意味か、寝た? とよく声を掛けられるが、私のブログを読まない家族にはネタの催促はあり得ないし、もしかして寿司を握ってる夢を見てての寝言か? そんな事は無い、夢に出てくるほど料理が好きなはずはないのです。

ゴロゴロ寝てばかりではいけないとネタ作りの為に、大神ファームへ行く。ファームだからネタを育ててくれると勘違いしているのではなく、神頼みでもない。折角買い求めている年間パスを、もっと利用しないと元が取れないと思っているのです。

車で10分も走ればファームに到着する。来客者は少ない、私は年間パスの為支払う金は無い。経営状態は大丈夫なのかと心配になる。余計な心配はせずに自分の状況を考えろ!!と言われそうだ。早速、家に帰ったら年金申請の手続をしよう。

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( 大神ファーム 余計な心配だと言われそう  写真1 )

( 大神ファーム 余計な心配だと言われそう  写真2 )

( 大神ファーム バラバラに撮ったバラ  写真3 )

( 大神ファーム バラバラに撮ったバラ  写真4 )

( 大神ファーム バラバラに撮ったバラ  写真5 )

( 大神ファーム バラバラに撮ったバラ  写真6 )

( 大神ファーム バラバラに撮ったバラ  写真7 )

水前寺な? (ゼンのつぶやき)

2010年12月5日 日曜日

都会から大分杵築市に移り住み田舎暮らしを始めたとご紹介しましたが、実は故郷は隣県熊本なのです。40数年ぶりに高校時代のクラブOB会・先生の還暦祝いに参加するために、自宅を出る時は車ですが杵築駅前に駐車させ、大分迄は列車で移動、大分トキワ前発熊本行特急バスに乗り約5時間をかけて駆けつけました。

熊本県庁前で友人夫妻に出迎えていただき夜のパーティまで時間があったのでお茶でも飲もうということになったのですが、出迎えてくれた車はどんどん阿蘇の山の中に引き返すのです。着いた処はそば粉で作ったパンをだしてくれる喫茶店で、外輪山を見渡す景観で飲む1杯のコーヒは故郷の温かみを感じる貴重な時間でした。

ホテル会場には、60人程の老若男女が入り乱れ懐かしい話題の花が咲きました。還暦祝いの先生も出迎えてくれた友人も共に汗を流し夢を追っかけた同期生ですが、さすがその後の2次会には参加せず、その夜は友人宅に泊めて戴きました。 話題を変えますが、熊本弁で、-な?と言えば、念を押す時に最後に付けます。

近所の人に熊本に行くと言ったときに、水前寺菜っ葉の種を買ってきてくれと頼まれました。地元友人に聞いても水前寺菜っ葉は知らないし、その種は発見できず、水前寺参道まで行きお店の人に確認したところ、種は無く今は苗作りをしていて来春にはこの参道に水前寺菜が並ぶそうです。菜っ葉ではなく、「水前寺な」でした。

私事、ヨタヨタと何とか週2回プログ掲載を続けていますが、実はいただいたコメントを読めずにいます。「コメントが届いています。モデレートしてください」と指示は来るのですが、そのモデレートとは、どうすればいいのか訳が分からず、未だかって一度も戴いたコメントを読めずにいます。読みたいのだけど、どがんすればよかつな?

Zen

( 車を2日間駐車していた杵築駅  写真1 )

( 大分駅最寄り トキワデパート前バス乗り場  写真2 )

( 熊本へ向かう道中の車窓からの風景  写真3 )

( 熊本県庁のイチョウ並木  写真4 )

( 南阿蘇の展望の良いコーヒーハウス 写真5 )

( 南阿蘇コーヒ店ベンチからの展望 写真6 )

( 南阿蘇コーヒを飲みながらの展望 写真7 )

昭和の町・両子寺 (ゼンのつぶやき)

2010年12月4日 土曜日

昭和の町パンフレットでは、「お帰りなさい。思い出の町へ」 というフレーズで始まります。若い頃に真冬の礼文島へ何度も訪れましたが、島の人たちは島から出ていく時には「行ってらっしゃい」、島に着いた時は、「お帰りなさい」と迎えてもらったものでした。単に行き過ぎの人々に、優しく出迎えてくれたあのころを思い出しました。

豊後高田市の昭和の町。昭和のロマン蔵と言う一画に、数棟の館があり時代を偲ぶ数々の品々が展示されていますが、時間も無く駆け足で外から写真撮影のみにしました。昭和時代の雰囲気に夢中になり撮影の為敷地内を歩き周る私を、家族は見失ったらしく寒空に待たされたと昭和事件簿に載るまでも無い事件発生でした。

天台宗別格本山の両子寺(ふたこじ)と読みます。ここのパンフレットには「子授け祈願と森林浴の寺」と書かれていました。国東半島の中央に位置し参拝客は多く、仁王立ちした石像の待ち構えるお寺です。六郷満山総持院、国東霊場めぐり第十三番札所など多くの肩書があり、田舎暮らしの肩書だけで暮らす私には羨ましい!

国際色豊かな京都の清水寺と間違う人はいないと思いますが、紅葉の当たり年と言われる今年だけあって、紅葉に埋もれた両子寺もまた国際観光客を呼び寄せるに足る素晴らしいお寺でした。紅葉観ではお腹は満たされず次は梅園の里に移動、梅園とは梅の園ではなく、地元学者三浦梅園の名前からつけられた施設名です。

毎週木曜日と日曜日の週2回、ここのバイキングを目指す客は多く、1時間も待つほどの混雑でした。1人980円、品数は旬の野菜が多く、たっぷり時間のある女性やお年寄り向きと言ったところです。尚、お土産店や宿泊設備はありますが、この食事では肉を好む外国の観光客を呼び寄せるには、今一つ魅力に欠けると思いました。

Zen

( 昭和ロマン漂う町 豊後高田   写真1 )
( 豊後高田 昭和の町   写真2 )
( 豊後高田 昭和の町   写真3 )
( 豊後高田 昭和の町   写真4 )
( 豊後高田 昭和の町   写真5 )
( 豊後高田 昭和の町   写真6 )
( 豊後高田 昭和の町   写真7 )
( 豊後高田 昭和の町   写真8 )
( 豊後高田 昭和の町   写真9 )
( 仁王立ちした石像の待ち構える両子寺   写真10 )
( 仁王立ちした石像の待ち構える両子寺   写真11 )
( 仁王立ちした石像の待ち構える両子寺   写真12 )
( 仁王立ちした石像の待ち構える両子寺   写真13 )
( 仁王立ちした石像の待ち構える両子寺   写真14 )
( 1人980円のバイキング 梅園の里   写真15 )