2010年11月 のアーカイブ

双葉の里 (ゼンのつぶやき)

2010年11月28日 日曜日

第三十五代横綱双葉山は、昭和11年1月場所から始まり昭和14年1月場所4日目に安藝ノ海に敗れるまでの3年間で69連勝の記録を打ち立てました。その偉大な記録に挑戦した第六十九代横綱白鵬は、平成22年11月場所2日目にして稀勢の里に寄り切られて連勝記録は63勝でストップしてしまいました。

白鵬は気休めなんていらないかもしれませんが、63連勝達成は偉大な記録であり、並みの人間にはとても出来ることではないのです。そんな白鵬に、私は謝らなければいけません。神社仏閣訪問の際にも双葉の里でも、出来る事なら双葉山の記録を今しばらく存続出来るように、白鵬負けてくれとお祈りしていたのです。

「 心技体で一番大変なのは心 」 だと白鵬は言っていましたが、連勝記録に挑むときの、その心にかかる重圧は相当のものであったことでしょう。そんな白鵬の気持ちも露知らず、[双葉の里に稀勢の里]この予想が的中したことで、一喜一憂しているような私はなんと大人げない者か。 白鵬の再挑戦、その心は強いのです。

双葉山は、大分県宇佐市で1912年2月9日に生まれ血液A型 相撲取組みでも右目はよく見えなかったそうです。白鵬は、モンゴル生まれの192cm、好物肉、嫌いなもの納豆とあんこだそうですが、でもあんこ力士に強いです。2人の横綱がとても偉いと思うのは目が見えないとかあんこが嫌い等言訳しないのはさすがですね。

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( 大分県宇佐市にある、69連勝双葉山の記念館  写真1  )

( 69連勝双葉山の記念館  写真2  )

( 69連勝双葉山の記念館  写真3  )

( 69連勝双葉山の記念館  写真4  )

( 双葉・紅葉をみて心を癒して! 紅葉の効用?  写真5  )

( この紅葉をみて心を癒すために、 紅葉観にいこうよ?  写真6  )

( この紅葉をみて心を癒して! 紅葉ってこうよ?  写真7  )

( この紅葉をみて心を癒して! 紅葉を見ると心は高揚?  写真8  )

( この紅葉をみて心を癒して! 広葉の紅葉?  写真9  )

宇佐神宮 (ゼンのつぶやき)

2010年11月27日 土曜日

宇佐神宮は、自宅のある杵築市から国道10号線で北西に35Km程で敷地面積も圧倒的に広く、全国に4万余りある八幡社の総本本宮です。今回初めてお参りする宇佐神宮ですが、熊本での少年時代は、藤崎八幡宮と言う神社に、七五三や初詣や隋兵ボシタ祭り等で、しばしば歩いて訪れていました。

移住当初は別府にも大分市内へも車では行けず、列車に乗る為に杵築駅まで10分程度の道ですが、事前に5-6回ほど運転のリハーサルをしました。平日1便/週5便のバス運行では陸の孤島にも等しく、車が無ければ移住先での田舎暮らしは水の泡となることから、車の運転にはかなり気を使います。

温泉の町別府にはAPU大学があり国際色豊かな大分の地が、ますます観光の中心になることを、5円も在りついでにお願いしました。神社参拝客で私みたいにお賽銭5円組も多いとは思いますが、憂さを晴らすという言葉がありますが、宇佐をはやらすのもこの神社の参拝客次第です。 

神社といえば、お賽銭とお願い事はつきものですが、今年は私の本厄の年であることをここで知り、やはり2か月間の入院生活もその為かと思ったりしました。山頭火のお言葉が刻まれた石碑がありました。山頭火の場合は、玖珠町で危うく交通事故に遭遇する出来事があったと聞きますが、果たして宇佐神宮のお参りは、先だったのか後だったのか? お賽銭は?

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( 日本の総本宮、さすがに広い宇佐神宮です。  写真1 )

( 韓国人らしい旅行者の記念写真撮影中の宇佐神宮です。  写真2 )

( さすがに広い、それでも初詣はすごい混雑なのでしょう。  写真3 )

( 天皇陛下ご訪問記念碑のある宇佐神宮です。  写真4 )

( 二礼、四拍手、一礼  その後5円とは書かれていません。  写真5 )

( 山頭火? 本当か!? 写真6 )

( 山頭火は、勿論車ではなく歩いて来ていました。   写真7 )

写心 その5 (ゼンのつぶやき)

2010年11月23日 火曜日

 

1967年出版 さらばモスクワ愚連隊(五木寛之)に影響を受け、リックを背負ってのナホトカ経由シベリア鉄道ロシア・ヨーロッパの旅は、怖いもの知らずの、若き肌で体験した出来事一つ一つに感動と興奮を覚えました。 そんな過去の時代に撮った写真の中から選んでいます。

お詫びがあります。旅日記はつけていたのですが、引っ越し等でノートもメモも全て紛失しており、一つ一つにコメントはできませんが、残された写真を見ることで旅の足跡(その2)をたどっています。

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( ナホトカ経由シベリア鉄道ロシア・ヨーロッパの旅 写真1 )

( ナホトカ経由シベリア鉄道ロシア・ヨーロッパの旅 写真2 )

( ナホトカ経由シベリア鉄道ロシア・ヨーロッパの旅 写真3 )

( ナホトカ経由シベリア鉄道ロシア・ヨーロッパの旅 写真4 )

( ナホトカ経由シベリア鉄道ロシア・ヨーロッパの旅 写真5 )

( ナホトカ経由シベリア鉄道ロシア・ヨーロッパの旅 写真6 )

( ナホトカ経由シベリア鉄道ロシア・ヨーロッパの旅 写真7 )

( ナホトカ経由シベリア鉄道ロシア・ヨーロッパの旅 写真8 )

( ナホトカ経由シベリア鉄道ロシア・ヨーロッパの旅 写真9 )

( ナホトカ経由シベリア鉄道ロシア・ヨーロッパの旅 写真10 )

( ナホトカ経由シベリア鉄道ロシア・ヨーロッパの旅 写真11 )

熊野磨崖仏、真木大堂 (ゼンのつぶやき)

2010年11月21日 日曜日

電気炬燵セットを急いで注文しなければと気ばかり焦る。鳩山政権発足と同時期に我家に生計交代があり、予算作成から決済に至るまでの権限が私の手元から離れてしまった。菅違いではなく、この権限は将来的にみて奪回は不可能と思える。

金融・経済に関しては骨抜きにされているし、農水省(樹木花の種別決定)はハナから私の権限は及ばないし、国交省(切株配置、庭の造形)に関してさえ主導権は私にはない、かろうじて車の運転は、私に委ねているが隣席からの指示は激しい。家庭内支持率で示せない為、声の大きさだけがこちらの武器だが、静かに暮らすご近所の事を思うと大声の戦法は無きに等しい。

買物で例えるとセール品に真っ先に目が行く、各スーパー店で目玉となる値段の比較、ネットで綿密な価格の調査、数々の過程をへて大蔵大臣から最終結論が出る。記憶力に乏しく衝動買いの癖の多い私には、とてもじれったい工程なのだ。 勿論、この手順を踏んだ方が格段に失敗は少ない。

運転なら自分の独壇場だ。車で旅に出よう、紅葉と繁木と刺激を求めて!! 運転技術が未熟なため先ずは近場からドライブに出る事にする。出発前夜何度も何度も地図で行き先を確認、車載カーナビに登録漏れは無いか何度もチェックする。そうしてたどり着いたのが、鬼の築いた石段のある熊野磨崖仏でした。寄り道も含め全工程110Kmを走り無事帰宅、その夜は大きな仕事をやり遂げた気分に浸りました。

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(熊野磨崖仏  写真1 )

( 鬼の築いた石段のある、熊野磨崖仏  写真2 )

(熊野磨崖仏 不動明王像 写真3 )

(熊野磨崖仏 大日如来像 写真4 )

( 奥深い山間の中の熊野磨崖仏  写真5 )

( 真木大堂 写真6 )

( 真木大堂 大正7年国宝に指定された  写真7 )

(真木大堂 写真8 )

(真木大堂 写真9 )

ミカン狩り (ゼンのつぶやき)

2010年11月20日 土曜日

愛媛ミカン、熊本ミカン、大分津久見ミカンと有名ブランドはあるが、杵築にもミカン畑農家は多い。近所の人達のミカン狩りに行こう、という話にすぐに乗り車に乗せてもらう。その名もオレンジロードを20分間も走らないうちに三光坊ミカン畑に到着。

畑の人の説明ではこの夏は雨が少なかったために甘みは少ないそうですが、私にとっては、ミカン狩りは初体験のため少々興奮気味です。傾斜地にミカンの木がありバランスを取るのが大変でリハビリ中の私は、味見に時間の多くを割くのでした。 不器用な自分にはミカンは好い。梨みたいに皮を剥いてもらうまで待つ必要もナシ。

都会の人にも腹一杯ミカンを食べていただきたいのですが、残念ながら、このブログではミカン実物の配送は出来ない。はいそうですかと納得してもらうしかない。それでも杵築ミカンを食べたい人には電話番号ならご紹介できる。後で誰が情報漏洩したかニュースで騒がれることも無いだろう。

我が家にはまだ炬燵がない為食卓に座りミカンを拝借しているが、寒い日には電気炬燵に寝転んで、ミカンにかぶりつきながら、TVを観ている自分を想像してみる。 未完成な田舎暮らしに置いても、そのシーンが一番マッチするのはやはりミカンだ。

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( ミカン狩り  ミカンばさみを借りて早速畑へ  写真1  )


( ミカン狩り さーて どれが甘いかな?  写真2  )


( ミカン狩り 各人重い重いの収穫量  写真3  )

( ミカン狩り、沿道の草花にも話題集中  写真4  )


( 近所にお裾分け、食べても食べてもまだこんなに! 写真5 )

バッタ バッタ! (ゼンのつぶやき)

2010年11月14日 日曜日

バッターと伸ばせば野球選手。バッタ バッタ と繰り返せば正義の侍が悪人を切り倒すシーンを思い浮かべ、バターと短く言えば北海道産製品になる。バッタ図鑑を観てみた、オンブバッタと言う名のバッタも在り、重なった2匹のバッタはオンブしているのかな? と思ってみたり、殿様バッタと言う名前もあり、ひとまずバッタと決めては見たが、バッタはほとんどの種類で、メスの方がオスより体が大きいそうだ。

良く写真を見比べると、カマキリのようでもある。ウイッキペディア事典によると、カマキリ類の学名は、ギリシャ語に由来し”予言者”の意味でもある。肉食性で主に他の昆虫を捕食するが、メスはオスより大きく、同じカマキリ同士でもカマキリのメスは交尾のあとオスを捕食するそうだ。怖い!我家の将来を予言しているわけではない。

カマキリはおとなしそうに見えて強い、鳴いてばかりいるキリギリスを震え上がらせている。カマキリは、キリギリスが大好物だそうで、ならば、キリギリスはどうか? と疑問が出てウイッキに世話になる。「 体が短くて体高が高く脚と触角が長いし、ギーッチョンと鳴く 」 これを観てキリギリスではないと判断。何故なら、写真を撮る時も全く動かず鳴声一つ出さず逃げるでもなく冷静な態度は威風堂々たる者だった。

私のことを、草も花も区別がつかない人間と紹介しましたが、バッタとカマキリ、キリギリスの区別もつかない無恥さ加減を露呈してしまい、バッタとカマキリとキリギリス、強いキリギリスもいるそうですが、そんなこと等どうでもよいと言う気がしてきました。私の頭はキリギリす、バッタリ倒れたわけではありません。

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( カマキリ物語  写真1 )

( カマキリ物語  写真2 )

( カマキリ物語  写真3 )

( カマキリ物語  写真4 )

祝 3000Km! (ゼンのつぶやき)

2010年11月13日 土曜日

一昨日、県公安委員会より免許証更新の案内が届きました。 ゴールドとは、一見優秀ドライバーに見えますが実は30数年間、車の運転は全くせず、じっとペーパードライバーに終始しました。業務や通勤で運転される人には3000Kmは容易な事でしょうが、私には車がなければ明日は無いというべき必死な取り組みでした。

パリからダカール迄の12000Km。テロとの遭遇、道なき道の過酷な競技のパリ・ダカールではありませんが、無知なる未知への9カ月目にして、若葉を掲げてやっと達成した3000Kmの走破。誰もシャンパンで祝ってはくれませんが、30数年間のペーパードライバーを脱して無事にここまできたものだと褒めてやりたい心境です。

 尖閣諸島問題では、我法令に基づき厳正かつ粛々と対応すると述べるが、日米安全保障条約頼みの他力本願的な取り組みに見える中、自力(自動車の力)本願、未だETC装置は無いまでも何とか無料高速道路に乗り入れの初体験をはたし、来年中には、祝、祝10000Kmを達成したいと願っています。

昨日来ユーチュ-ブへの44分間流出ビデオ映像を観て、事件そのものは日本海上保安庁の対応に問題は無かったとしても、その後の中国当局との外交戦略には相手が一枚も二枚も上に見える。誠実で真面目な日本人にとって、外交交渉の難しさを際立たせているが、なんとか頑張って欲しい次世代の若者の為にも。

匠と言うのかずる賢いというのか中国の振る舞いに加え、ロシア大統領の北方四島初の訪問など日本人の足元を観た政治行動は、悲しいかな巨大中国(ロシア)象にまとわりつき、チョコチョコ動き回るスピッツ犬にも見えるのが今の日本。何故か日本の将来が、遠きところでのかかわり事に思えてならない。田舎人の私には!

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( 別府湾豊後水道に停泊中の 帆船  写真1 )

( 帆船なら3000Kmを何日で行くのかな?  写真2 )

( 別府湾豊後水道に浮かぶ日の出のシーン  写真3 )

( 別府湾豊後水道に浮かぶ日の出のシーン  写真4 )

豆田のあれれ?(ゼンのつぶやき)

2010年11月7日 日曜日

漢字検定を行います。外国人か日本人なら大分県関係者でない方向けです。   正解者には何の賞品も在りません。解るか試しに挑戦してみてください。

[大分] 地理を知らない人はオオイタとは読めませんね。 ダイブン、オオワケ?  [杵築] キツキ は読めましたか? (豊臣時代には、木付と書いていたそうです)。  [日田市] ヒダシ とは濁らず ヒタシ と言います。おひたしとおはつけません。 [小鹿田焼] オンタヤキ 日本人でも、なかなか読めない字です。

[日出町] ヒノデチョウ と言いそうですが、ヒジマチ と読みます。         [国東半島] クニサキハントウと読めましたか? [安心院町] アジムマチ    [両子寺] フタコジ 最後の問題は、[大神ファーム] です。 

オオガファームと読み、体験型ハーブ農園として紹介されています。詳しくはホームページをご覧ください。年間パス券は1名様1000円です。何回入場しても良いとのことで、時間つぶしにはなると思い、早速私も年間パスを購入しました。

町内のバス旅行に参加しました。高塚愛宕地蔵尊と日田市内豆田町の散策および日田サッポロビール工場見学のコースです。飲める方々には、お昼時間帯の飲み放題サービスが目玉になります。この土地の住人で、毎日自転車で工場に通い、 1人三杯まで無料試飲を楽しむ人もいたそうです。タイムカードは打刻不要です。

柔道を引退し議員さんとなった旧姓田村亮子の足跡。 谷でも金、ママでも金 の前に高塚地蔵゙寺でも金がありました驚きです。また、豆田の散策では雛祭りで有名な町ですが、酒造店や薬屋など時代を超えた風情に、亀田のあられ ではなく豆田のあれれ と昭和初期を思いださせるこの町の諏にこれまた驚きでした。

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( 高塚愛宕地蔵尊でも金がありました。 写真1 )

( 高塚愛宕地蔵尊でも金がありました。 写真2 )

( 高塚愛宕地蔵尊でも金がありました。 写真3 )

( 高塚愛宕地蔵尊でも金がありました。 写真4 )

( 高塚愛宕地蔵尊でも金がありました。 写真5 )

( 豆田のあれれ と驚く町並みです。 写真6 )

( 豆田のあれれ と驚く町並みです。 写真7 )

( 豆田のあれれ と驚く町並みです。 写真8 )

( 豆田のあれれ と驚く町並みです。 写真9 )

( 豆田のあれれ と驚く町並みです。 写真10 )

( 日田サッポロ工場見学  写真11 )

( 日田サッポロ工場見学  写真12 )

( 日田サッポロ工場見学  写真13 )

( 日田サッポロ工場見学  写真14 )

子作りに励んでいます?(ゼンのつぶやき)

2010年11月6日 土曜日

めっきり朝の顔洗いの水が冷たくなり肌寒い季節に一転してきましたが、それでも毎朝ゴム長靴に履き替えて、庭に出る習慣は変わりません。

「子作りに励んでいるアラカン夫婦、何とか少子化対策にお手伝いしよう。」 ということではなく、子作りとは植木や花の種子、苗床作りや株分け等です。杵築市役所の植木無料配布日には、家族全員で積極参加。生憎の雨の日で傘をさして並びましたが、希望者はとても少なく私たちにとってはラッキーな雨でした。

一度並んで受け取った後も残りの苗木がある間は、再度後部に並ぶ事が出来ましたので、家族で久留米ツツジ、ツバキ、山桜、豊後梅など合計9本もいただいてきました。 小さくて小粒ではありますがこの子らの行く末がとても楽しみです。 

他にも散歩の途中で立ち寄った家からは、日当たりが悪くてあまり育たないとのことで桃の木を遠慮なく戴き、近所の空き地から、大きな木が落としたであろう地面から顔を出した数センチの芽をいただいてきました。我庭は戴き物で真っ盛りです。

小さな瓶へさし木した初雪カズラ。太陽の日に当たると、しだいに薄いピンク色の新芽と白い斑点に変化していくのが好い。同じ仲間の黄金錦も新芽が赤く葉が黄金色になっていきます。ピンクのつぼみの芝桜も地面に這いつくばって増えていき、これらを観て毎日楽しんでいます。

移住初めは畑はやらないと言っていた家族ですが、人に言われてきゅうり2苗植えてみて、毎日毎日4-5本の収穫があり、新鮮でおいしく、これに味をしめたのか来年は玉ねぎを植えると言いだしてており、予定地には消石灰を混ぜて耕しました。そんな時、カマキリ夫婦か恋人同士だか知らないがじーっと見入ってしまいました。

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(  いくらか成長の跡が見られます。 撮影2010年10月20日  写真1 )

(  いくらか成長の跡が見られます。 撮影2010年11月05日  写真2 )

(  いくらか成長の跡が見られます。 撮影2010年10月20日  写真3 )

(  いくらか成長の跡が見られます。 撮影2010年11月05日  写真4 )

(  いくらか成長の跡が見られます。 撮影2010年10月20日  写真5 )

(  いくらか成長の跡が見られます。 撮影2010年11月05日  写真6 )

(  シマトネリコ、子孫作りの株分けです。 撮影2010年10月20日  写真7 )

(  木から落ちた新芽が顔を出しました。 撮影2010年10月20日  写真8 )

(  全く動かない、カマキリ2匹  10月29日16時49分  写真9 )

(  動くまでじっと待った、カマキリ2匹  10月29日17時01分  写真10 )

(  追っかけ諦めた、カマキリ2匹  10月29日17時24分  写真11 )

写心 その4 (ゼンのつぶやき)

2010年11月3日 水曜日

 

1967年出版 さらばモスクワ愚連隊(五木寛之)に影響を受け、リックを背負ってのナホトカ経由シベリア鉄道ロシア・ヨーロッパの旅は、怖いもの知らずの、若き肌で体験した出来事一つ一つに感動と興奮を覚えました。そんな過去の時代に撮った写真の中から選んでいます。

お詫びがあります。旅日記はつけていたのですが、引っ越し等でノートもメモも全て紛失しており、一つ一つにコメントはできませんが、残された写真を見ることで旅の足跡をたどっています。

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( ナホトカ経由シベリア鉄道ロシア・ヨーロッパの旅 写真1 )

( ナホトカ経由シベリア鉄道ロシア・ヨーロッパの旅 写真2 )

( ナホトカ経由シベリア鉄道ロシア・ヨーロッパの旅 写真3 )

( ナホトカ経由シベリア鉄道ロシア・ヨーロッパの旅 写真4 ) 

( ナホトカ経由シベリア鉄道ロシア・ヨーロッパの旅 写真5 ) 

( ナホトカ経由シベリア鉄道ロシア・ヨーロッパの旅 写真6 ) 

( ナホトカ経由シベリア鉄道ロシア・ヨーロッパの旅 写真7 ) 

( ナホトカ経由シベリア鉄道ロシア・ヨーロッパの旅 写真8 )

( ナホトカ経由シベリア鉄道ロシア・ヨーロッパの旅 写真9 )  

( ナホトカ経由シベリア鉄道ロシア・ヨーロッパの旅 写真10 ) 

( ナホトカ経由シベリア鉄道ロシア・ヨーロッパの旅 写真11 )