2010年9月 のアーカイブ

虫 無視!? (ゼンのつぶやき)

2010年9月26日 日曜日

田舎暮らしにはつき物、それは虫です。虫を無視できるようになれば良いのでしょうが、なかなかそんな訳にはいきません。田舎暮らしの先輩たちはどうしているのでしょうか? 気になります。ここのところをクリアー出来なければ私達の将来は暗くなり、自分の身はファション無私の服装で守るか虫よけスプレーに頼る事になります。

当面の最大の敵は蚊です。都会でも蚊は居ましたが、ここの蚊は機敏で刺し方が熟練工並みです。道端で近所の人と挨拶しますが、田舎の場合は、直にサヨナラとはいきません。暑いですねと5分間でも立ち話しているとブツブツブツと7-8か所は刺されています。話しの最中に蚊がいますので失礼しますとは言えませんから。

都会なら、アーいた。パッチ、しまった逃げられた。てな感じで一戦一戦の展開がありますが、ここに慣れない為かおいしい為か、何かカモにされている様で、気づかないうちに刺されているのです。その素早さには驚きです。蚊と言って、何日もそのかゆみが続くのでなく数時間もすれば痒みも腫れも心の傷跡も消えてなくなります。

畑や庭仕事の服装パターンは、深々とかぶった麦わら帽子、首にタオルを巻き、長袖シャツに長ズボン、ゴム長靴、お決まりのパターンです。暑さ対策だけなら、サンダルと短パンに野球帽で良いのでしょうが、つわものどもの戦いのあと、虫対策を兼ねたこのスタイルこそ、究極の田舎暮らしの服装としてたどり着いた産物なのです。

マンション暮らしが長かった家族には、スーパーで見る蚊取り線香が珍しいらしく、ここにもある、ここにもとその売場の多さに驚いていました。機密性の良い部屋で使う液体の虫よけでは全く通用しません。扉や窓、網戸を全て閉じての生活ですが、昨夜は蚊ではなく1mmにも満たない小さな虫の集団が家の照明に群がってました。

ある日温かいパソコンの底から5cmほどのムカデが出てきて慌てて広告カタログにて叩き潰し、後で屑かごから出てくるのが心配でそのまま放置し干からびて粉になってから捨てました。また、家族の叫びで駆けつけると10cm程の蜘蛛です。押入れの中に逃げ込み、住みつくのが嫌で襖を開け中の品々を取出し、出てきた蜘蛛を待ち構え仕留めました。これは新聞紙で何度も何度も握りしめゴミ箱に捨てました。

ペーパレスの時代ですが新聞紙がなくなった時、カタログの準備が必要となります。

Zen

( モグラ道 人生一直線ではなく、モグラの土掘りは続く 何の為だろう? )

( もみじ饅頭でなくモミジの木の害虫 イラガ それはそれは恐ろしいのです )

( 散歩中に他人宅にいた蜘蛛です )

( 葉っぱが食われている高さ1.5mのハクロニシキ、落ちてきた41匹の青虫 )

タイ 一体どっち? (ゼンのつぶやき)

2010年9月25日 土曜日

タイの赴任が決まって初めて思い浮かべたのが、タイの水上生活者の暮らしぶりだった。初めから家族と一緒に行くと決めていたので、どんな暮らしになるか、不安と心配は少しだけあった。言葉の面、衛生面、どのようなところに住んで、どのようなところで買い物するのだろうか? 治安はどうなのか? 数え上げたらきりがない。

60年代の日本。ツイギーをはじめとした超ミニスカートの時代を知っている古い人間が、二度とあのような心ときめく女性達の時代は来ないとあきらめていたが、タイに着いて車中から見る、街行く女性達は脚は長く、日本ミニスカート時代はここに受継がれていた。小泉首相が貴乃花に感動したと言った時の気持になった私でした。

交渉事に長けているタイ人社員から、制服は5セットくれと言われた時、自分の耳を疑った。日本なら常識的に2セットだろう。落ち着いて考えると彼らは自宅と会社までの往復もエリート社員のステータスとばかりに制服を着て歩く。1日3回はシャワーを浴び洗濯は毎日、制服の利用頻度は日本とはまるで違う。ポロシャツや下着にまでアイロンをバッチリかけるが、これは熱消毒するためと知り理解できた。

時間に正確で自分に厳しいコンクリートジャングルで生き抜く日本の企業戦士達。接待やお付き合いでちょっと1杯。日本文化を背負い、便利さを追求した生活様式、TVゲームや24時間連続のTV番組、給料だってタイの10倍はあるし、シンプルで都会集中の小家族制、見た目生活は全て日本良し。

タイでは30分間までは遅刻と言わない。休む時は電話しなさいと言っても、電話できるところへは簡単にはいけない田舎事情。大家族で祖父祖母が赤ちゃんを見てくれる、そのためjか意外に多い共稼ぎ。どんなに暑くても熱中症は無い。風の吹くまま気の向くまま、家の中は風が吹き抜ける。

あわただしい日本、のんびり暮らしていたタイ。 いったいどちらが人間的? 今タイ国では、日々時の流れは早くなり、競争社会の中では、ゆっくり人のことなど構って居れなくなります。そんなタイの社会が目の前に迫って来ています。

Zen

( 観光案内などでよく見るタイの水上生活者の写真 )

( アユタヤ日本人村付近につながれた2艘の船 )

( 屈託無い笑顔のアユタヤの果物屋さん )

写心 その2 (ゼンのつぶやき)

2010年9月23日 木曜日

もういくつ寝るとお正月。。。と小さい頃は一日一日が待ち遠しく、その時間は長くても充実していました。年を加える毎に過ぎゆく時間は早くなってる様に感じます。皆さんは如何でしょうか? 木や鳥は、その時間をどう感じてのでしょうね? たくましく生きる木の成長過程を 写心 その2 (勝手につけた言葉) にてご報告します。

Zen

( 写心 その2 切り株 2010.4.2 08:45am 撮影 )

( 写心 その2 切り株 2010.5.14 07:32am 撮影 )

( 写心 その2 切り株 2010.8.21 08:57am 撮影 )

( 写心 その2 シマトネリコ 2010.4.29 09:40am 撮影 )

( 写心 その2 シマトネリコ 2010.5.12 07:18am 撮影 )

( 写心 その2 シマトネリコ 2010.7.26 06:39am 撮影 )

( 写心 その2 シマトネリコ 2010.8.21 08:56am 撮影 )

( 写心 その2 ヤマボウシ 2010.4.2 08:45am 撮影 )

( 写心 その2 ヤマボウシ 2010.4.28 07:50am 撮影 )

( 写心 その2 ヤマボウシ 2010.5.13 07:46am 撮影 )

写心 その1 (ゼンのつぶやき)

2010年9月20日 月曜日

人それぞれに顔の表情があるのと同じで、夜明けの海の表情も毎日違っています。都会の方たちには見ることは出来ないでしょうから、これらを見て何を感じるかは、人それぞれと言うことで、写心 その1 (勝手につけた言葉)としてお届けします。

Zen

( 写心 その1 2010.9.2 06:33am 撮影 )

( 写心 その1 2010.9.4 06:08am 撮影 )

( 写心 その1 2010.9.5 05:35am 撮影 )

( 写心 その1 2010.8.30 05:43am 撮影 )

( 写心 その1 2010.8.28 07:39am 撮影 )

( 写心 その1 2010.8.24 05:54am 撮影 )

( 写心 その1 2010.9.4 06:03am 撮影 )

( 写心 その1 2010.9.2 05:57am 撮影 )

( 写心 その1 2010.8.26 05:48am 撮影 )

( 写心 その1 2010.8.30 05:042am 撮影 )

( 写心 その1 2010.9.5 05:40am 撮影 )

MDMA !? (ゼンのつぶやき)

2010年9月19日 日曜日

MDMA(マルデダメナ マサカアタシ)と苦悩しているわけではないが、押尾学(公判中)や清水健太郎(実刑)、田代まさし(逮捕)など、華々しく芸能界で脚光を浴びた人達は、奈落の底へ落ちていく寂しく悲しい気持でいるのだろう。日々追われるストレスからの逃避の為にイラン人などの勧めに負け幻覚のひと時を求めたのだろう。

私の周りの人はどうだろうか? 社会から要らん人と言われないために、毎日の散歩は、厳格に管理された時間割で行動し過ごしている。奈落の底から這い上がるなどとは一切関係ないが、天に召されるその日までは、視力減退、歩行困難、肥満症、老化、ボケなどを回避するため日々努力を怠ることなく、毎日毎日が挑戦の日です。

もうなのか、ゆくゆくはなのか正確な事は分かりませんが、遅からずこの地区は限界集落になります。現在車のない人の交通手段としては、週5便(平日の1日1便)町への循環コミュニテイバスが走っています。老いて暮らす中で医療、交通、日常の買い物など死活問題となりますが、最低の条件として健康は自分で守る事です。

郷土歴史の勉強会に初めて参加しましたが、60席用意された机と椅子全てが直に埋まってしまいました。驚くべき老人パワー、団塊の世代パワーです。この田舎町、向学意欲が高いのか時間つぶしの場所が他にないのか分かりませんが、笑顔の老人達をみてここまで繁栄してきた日本の底力を垣間見たのでした。

後で聞いたことですが、次回は、「もっと知ろう 大分・杵築の歴史教室 (施設・名所を訪ね、見聞を広めよう) 」 のバスツアーがありますが、バス料金は、無料で 豪華な弁当(実費)のこのツアーを楽しみに、例年このコースに、参加している人が多いそうです。目的がどうであれ、何かに挑戦し行動を起こす、この事が若さを保つ秘訣でしょうが、私にはMADA、MADAです。

Zen

( 杵築市内の生涯学習センターです )

( 私が入院した、杵築中央病院です )

泣き面に無限大! (ゼンのつぶやき)

2010年9月18日 土曜日

今年1月に杵築市に本籍を移し、大分県人になったこと既にご紹介しました。5月末からの2ヶ月間の入院生活も既にご報告済みです。その後田舎暮らしに邁進すべきところなのですが、なかなか日々の生活が確立されない毎日が続いています。

子供向けに書かれた大分の歴史書を読んでみました。恥ずかしながら大分に来るまでは大友家の名前すら知らない無知なる者でした。ほんの少しづつですが大友宗麟(義鎮)にまつわる人間関係が理解出来てきました。

日韓関係は歴史認識から始まるとTVで言っていましたが、私の移住先での田舎暮らしは大分の歴史認識から始まるとも思っています? それは大分県人を深く理解しこれから仲良くお付き合いしたいと思っているからです。

その後のリハビリ状況として、歯ブラシや顔洗いで腰を曲げたり反身は痛みを伴いますが、ヨチヨチ歩いて散歩することは問題なし、早く体を鍛えて生活に活力を持たねばと思っています。今更正義感を振り回す年でもなく、のんびりと穏やかに過ごすことが最良の選択と思う様になってきました。

隣の芝生は青い。傾斜地に植えたほんの少しの芝は伸び放題になり100円ショップで買ってきた園芸用ハサミで伸びた上の部分をカットしています。長く伸びてきた私の髪の長い部分をカットするその手法です。未だ芝刈り機はありません。

泣き面に8ではなく、寝てばかりで8が横向き、泣き面に ∞ (無限大)なのです。皆様にはお知らせせずにおこうとしたのですが、正直言いますと退院直後に駐車の際に新車の全面ボデイを石にこすって傷つけてしまいました。情けないの一言です。嫌な事は忘れて、これからは笑顔面に7 (ラッキーNO.)を目指します。

Zen

(近くの修理工場で、こっそり、急いで修理しました。)

(水不足か?栄養不足か? 欅の木の枯れてしまった無残な姿です。)

あーゆったや? (ゼンのつぶやき)

2010年9月12日 日曜日

タイ国微笑みの国と言われ両手を胸元で合わせるワイと笑顔で挨拶してくれます。バンコクは通称クルンテープ(実際はとても長い名前です)「天使の都」の意味です。アユタヤは、都心から北へ70Km,417年間続いたアユタヤ王朝と山田長政で有名な日本人町が栄えたところです。近くにはユルブリンナー演じた「王様と私」で有名なバンパイン宮殿があります。

タイ国人のしたたかな二面性と柔軟な外交術は普段の生活の中でも感じ取ることが出来ました。ワイと笑顔で挨拶していたとしても、そのまま好意と受け取っていいかはわかりません。バランス感覚の良さは、夕方の出勤時間でわかります。飲み屋のお姉さん達がバイクの後部座席に横座りする状態で、そのバイクは渋滞する車と車の間をスルリスルリ走り抜けるのです。見ててヒヤヒヤものです。

過っては、経済力があれば何人でも奥さんを持てたそうですが、正直言って男尊女卑ではなく女性は賢く働き者でとても優秀です。暑い国で至る所に果物があるため寒さや餓えを知らず、男性の主な職業はガードマンや運転手が多いのです。渋滞で耐える根性を身につけています。ただし、皆プライドは高く決して人前で大きい声で怒ったりしてはいけません。

工場建設する前にアユタヤでリクルートする際に、田園風景の中にたたずむアユタヤ教育大学を訪問し清楚に身に着けた制服姿の女学生を見た時、この地での工場経営は成功すると直感し確信したと当時の経営者は言いました。20年後にそのことを当時の社長と話すと、あーゆったや? でした。

Zen

( アユタヤ、静けさの中に歴史の重さを感じます。)

(水面に移る美しきバンパイン宮殿、今も輝いています。)

(数万人の雇用を生んだアユタヤ工業団地。20年前の建設開始前の台地です。)

香り、届いてますか? (ゼンのつぶやき)

2010年9月11日 土曜日

 

ブログを始めて、2ヶ月間の中断はあったものの4カ月間が過ぎました。毎日書くことはとても無理なので週2回を目標にしています。田舎暮らしへのタイトルの中には、コンクリートジャングルで働く企業戦士の方々に、ほんの少しでも爽やかな風が届けられればいいなぁ。。。という気持ちで書いています。

海のにおい、潮の香り、草木の新芽の息使いは届いていますか? 届く訳ありませんね。お届けしたのは病室の匂いだけでしたね。期待をして読んでいた方々には期待から大きく外れて申し訳ありません。もともと草花の、草と花との区別ができない新米の田舎暮らしの人間には、荷の重い役割です。

家族は、私の入院を契機に近くの広場で行われている早朝ラジオ体操に参加しています。この世を生き抜くには健康が第一と悟ったからでしょう。一方リハビリ中の私は、家の内とスーパーの中を歩く事でリハビリと称していますが、夕方の水まきと週2回のゴミ捨ては私の仕事として追加されました。

今はまだラジオ体操には行けませんが、ヨチヨチ歩きで近くの海岸まで散歩して、ほんの少しでも海のにおいをお届けしたいと思っています。戦友の皆様ストレス過多や熱中症などで健康を害さないで下さい。文書表現がダメならせめて写真を撮って田舎暮らしを感じる香りだけでもお届けしたいと思います。

コンクリートジャングルに住む皆様。下の写真2枚をご覧ください。この写真から爽やかな風とにおいを感じ取ってください。田舎暮らしの新米からのささやかなプレゼントです。 新米のプレゼントそれはありません。

Zen 

( お忙しい貴方に、海の匂い お届けします その1 )

( お忙しい貴方に、潮の香り お届けします その2 )

同郷音頭 (ゼンのつぶやき)

2010年9月5日 日曜日

私にとって地元の人と接する数少ない機会の盆踊りを楽しみに待っていました。雨の心配は全く無く肌に触れる海風は心地いいものでした。微かに見える家々の玄関灯を頼りに傾斜の厳しい真っ暗な山道の下り坂を、一応リハビリ中の私は家族の肩に手をかけ、絶対にリハビリ前に戻らないよう細心の注意で一歩一歩歩きました。

私がかって住んでいた都心の盆踊りと言えば、決まってスピーカーが壊れんばかりの音量で東京音頭が鳴り響いていたものです。その音に誘われてのぞいてみようかという気持ちになりました。一方ここの盆踊り、家にいては音楽さえ聞こえてきません。現地に到着した時は、休憩時間なのか100人程度の静かな人ごみでした。

限界集落ではないのですが、赤ちゃんを抱いた若い家族を見ると、たとえこの家族が夏休みを利用しての里帰りだったとしても、見ているだけで喜びを感じるのは老人に一歩踏み込んだ証というものでしょうか?この盆踊りには地元出身の女性歌手が招待されていて、ミーハーの私はついつい夢中でシャッターを押しました。

華やいだ東京音頭とは違い、渋い男の歌声(顔は見えないがきっと老人と予想)と踊りなれた地元の人たちを見て同郷音頭と勝手に呼びました。そんな時でも巨人ー中日戦の結果がとても気になり急いで帰り巨人が負けたと知るや、やはり自分が応援しないから負けたんだ。今なお、同郷音頭より東京音頭が恋しい私なのです。

Zen

( 静かな野山にふさわしい適量ともいえる音量でした。)

( 地元の踊りなれた盆踊り同好会でした )

普通の生活に戻りたい? (ゼンのつぶやき)

2010年9月4日 土曜日

入院物語その最終章

いよいよ入院物語も7回目ですが、退院して入院物語を書き続けることについては、入院中相当寝ていたのですが、そろそろネタ切れです。今回を最終章にします。

入院期間中のリハビリは一生懸命でした。先生から指示された回数のプラスアルファーの運動を自分に課せたのですが、家に戻ってみると今までの自分はどこに行ったのやら、暑けりゃ熱中症を気にし、外の散歩は危ないと気休めに部屋の中を歩く買物無くても冷房完備で石ころや穴ぼこも無いスーパーの店内を歩く。

数ヵ月後には、腰のコルセットをはずす時が来る。「あー痛たた?」と言う免罪符の効き目はなくなる。家族も無視してくるだろう。その時、普通の生活とは何だろう。 同情や甘えは許されないし今更満員電車の都会の生活には戻れるはずもない。  1回参加のみでやむなく欠席した家庭園芸教室にも興味は遠のいた。

庭の穴掘りは両手指先のこわばりが取れないし、車の運転もまだ一人で乗るにはおぼつかないし、病院のベットで3度3度食事を口に運び入れてくれていた日が懐かしい。CATVのG+巨人、エンジェルスの松井秀喜よどうした、TVの前で寝転んでみる野球観戦。この様なささやかで変化のない毎日でいいのだろうか?

そもそも移住、田舎暮らしに何を求めていたのか? 日照りは続くか雨は降るのか、台風の進路はどこへどう行くか? 自然の営みにより近づき、「おはようございます」「こんにちは」と行きずりの人と挨拶を交わす。時間はたっぷりある。焦ることは全くない。木の芽生えと鳥の声。その時その時を楽しく生きよう! 世間の人ははたして、この様な自堕落的生活を、普通の生活と呼ぶのでしょうか?

Zen

(目立った通行量はなく、かといって通行料もなく、良く行くスーパーです。)

(大通りにある伝統の店お味噌屋さん、昔はお酢屋さんだったようです。)